2012.01.26

邦太郎雑記「論語読みの論語知らず」

今さら精神修行じゃないけれど、ときおり論語を読んでいる。

だが、所詮は凡人なまなかなことではとても理解できるものではない。ということは百も承知である。

「論語読みの論語知らず」とはこのことか、「ろんご」を、すらすら読めても、論語の言っている本当の意味が理解できていない。 ましてや論語の内容を実行できるはずもない。これは・・・・・自分自身のこと、 肝に銘じ、いましめの言葉として、受けとめたい。と思うのだが、そこが凡人の凡夫たる所以である。・・・・・ これと、同類の句に、三浦梅園の句、 「学問は置き所によりて、善悪分かる、臍の下よし、鼻の先悪し」 というものがある。意味は、「学問を学びそれを身につけるということは、 ただ単に、鼻にかけて、えらそうな顔をする為ではなく、へその下に置いて、 しっかりと活用し実行できる人間形成の為である」ということらしい。

孔子曰く・・・・・学而第一に

「師いわく「学びてときに これを習う また喜ばしからずや。友あり遠方よりきたる また楽しからずや。人しらずして いきどうらず また君子ならずや。」という有名な一節がある。

この短い[ろんご]の中には密度の濃い教えがある。

孔子師が言った。「勉強して、その学んだことを何回も、何回も同じことを繰り返し復讐すること。そうすれば学んだものは、自分の知識として、理解し身につくものである。これまたなんと喜ばしいことではないか。このようにして自分の身についた知識が豊になれば、それについて話し合う友も多くなり、遠いところからまでやってくるようになる。 これはまた なんと楽しいことではないか。しかし、勉強して知識が豊かになっても、それを認めてくれない人は世間にはいるものだ。たとえ、そうした人がいたとしてもうらまない。それでこそ学問も人柄もともに優れた君子といわれる人物なのだ。」

ということになると、とても私には無理な話である。

師いわく「巧言令色 すくなきかな 仁」なり。まさに、そのたぐいであろう。

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2012.01.14

邦太郎雑感「酷寒の砌」お元気ですか

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( ´_ゝ`)ノボンジュール♪・・時の流れというものは実に速いものである。2012年も開けて早や半月である。

いやーみなさん !! ご無沙汰しております。昨年11月から不幸続きで、ろくな挨拶もせず失礼をしております。

新年を迎え、ちょっと、げん直しにと思い、この寒いさなか2日ほど温泉につかってきました。今年は例年になく雪が多くゲレンデは家族連れの若者たちで大賑わいでしたが、われわれ年寄りは炬燵に入りちびりちびりと雪見酒に酔いしれているような始末でした。

そういえば昨年はあんなことがあったせいもありますが、東京散歩も半年以上中断しております。その間、個人的には何があったということでもなし、行雲流水のごとく淡々として時の流れに身を任せ、沈香も焚かず、屁もひらず凡々と時を過ごしているような有様です。

冬来りなば春遠からじというけれど、寒さはまだまだこれからが本番、北の国では思いがけぬ大雪に見舞われ苦労が絶えない。暑さ寒さも彼岸までとはいえ、あとふた月は辛抱しなければなるまい。

小生も今年は何事もなく傘寿を迎えることができた。いよいよ人生最後の節目に足を踏み入れた。今のところさして辛いこともなく、耐えて春を待つという心境でもない。まだまだ気は若いつもりでいるのだが、肉体的な衰えは避けられない。長年の人生経験も、今では畳の上の水練ほどの価値もない。

暦の上ではあと半月もすれば立春、待てば甘露(かんろ)の日和(ひより)あり、気が付けば、虫も這い出す蟄居の季節がやってくる。今日も今日とて明日は明日、散歩にでも出かけようと思うのだが、なかなか思うように腰が上がらない。まあ、もう少し待ってやって下さい。水ぬるみ、草木の新芽が芽吹く雨水のころには、東京のどこかに老いさらばえた一人の老人がヨボヨボと歩いている姿を見かけるやもしれませんから・・・・・・・今年もどうぞおろしく
     寒椿
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2012.01.01

邦太郎雑記「鶏鳴一声」森羅万象旧が去って新に就く

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かって経験したこともない未曾有の震災に見舞われた旧年も改まり新年を迎えることができましたが、私事、昨年は11月から12月にかけて次姉・実弟・義妹が相次ぎ鬼籍に入り、ただ今喪に服しておりますので、あらたまった年始のご挨拶は差し控えさせて頂いております。

皆様方のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。
本年もどうぞよろしく ☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

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2011.12.30

邦太郎雑記「本年最後のブログ」Q&Aについて

pcpcpc happy01 12月から「Q&A」形式のパソコンスキルアップのための勉強会を開いております。

先週、ある方からワードで印鑑を作りたいのだが、「その方法を教えて下さい」という質問がありましたので、私から添付ファイルのような資料を送って差し上げました。

みんなで教えたり教わったりするのも、また一つの勉強方法だろうと思います。

若し、皆さんの中にこんなことを知っているとか、こんなことが知りたいとか、こんな資料が欲しいなどという方がいらっしゃいましたら、どうぞ遠慮なくコメント下さい。

本年も大変お世話になりました。残すところあと2日です。大掃除も済み、正月の準備も整えいよいよ新年を迎えるカウントダウンがはじまります。

今年はあまり良い年ではありませんでしたが、どうぞ来年こそは良い年をお迎え下さい。sweat01sweat02dash fuji


sign03 ダウンロードから「開く」をクリックしてご覧ください。eye
「qa.docx」をダウンロード

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2011.12.27

邦太郎雑記「講師退任の挨拶」鳩ヶ谷パソコン研究会

(前回からのつづき)
私は「シニアの挑戦」が研究会のホームページから切り離されても一向に構わないと思っている。

@niftyでもyahoo japanでもgoo gleでもそれぞれのホームページに「シニアの挑戦」と入力し検索していただければ、まず、それらのホームページのトップページの筆頭には必ずと言っていいほど「シニアの挑戦」がランクされている。

このブログを愛読してくださるリピーターの方々はお気に入りに保存し、そこから閲覧しているわけであるから研究会のホームページから切り離されたからといっても、まったく痛痒を感ずることはない。現に暮れのこの忙しい時期にもかかわらず連日35人から40人の人たちがアクセスして下さっている。

さて、申し遅れましたが私の今回の研究会の講師退任の理由については、去る10月19日付で体調不良を理由に休講届を提出し、確かに体調を整えるという理由も多少はありましたが、しかし、それは他意あってのことで仮の理由でしかありませんでした。

皆様方には大変ご迷惑をおかけして誠に申し訳なく思っております。

しかし、今さら退会理由の本旨を申し上げても詮ないことなので、ここでは省略させていただきますが、各先生方にはおおよそのことについてはお話申し上げてありますし、また、私のブログ「シニアの挑戦」の12月1日及び12月12日号の記事をご覧いただければ、それとなくおわかり願いるのではないかと思います。

大ざっぱに言って、無報酬で自主的な団体として組織された民主的なボランティアの中での院政と真のボランティア精神を守るための対立が、その主たる原因であったとご理解いただければいいのではないかと思います。

一つの団体あるいは一人の人間であっても、よほど注意していないと長い間には、その体質が枯渇し疲弊するということを常々考えて体質改善に努めなくてはなりません。今回その大きな教訓を得たと思い、私の腹切りなど九牛の一毛にもすぎない軽々たるものです。

研究会在任中は一方ならぬお世話に相成り誠に有難うございました。厚く御礼申し上げます。皆様方には来年もまたよいお年をお迎えいただき、ますますのご活躍を念じ、退任のご挨拶とさせて頂きます。         頓首

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邦太郎雑記「シニアの挑戦」パソコン研究会のホームページと分離

3、4日前、鳩ヶ谷パソコン研究会のホームページから、私の公開ブログ「シニアの挑戦」が忽然と姿を消した。

いずれこうなることは予期していたことではあるが、こういう閉鎖的なやり方がこの会の手法なので別段驚きもしないし奇異にも感じてはいない。

はじめから私の方から研究会のホームページにブログを載せてくれと頼んだわけではないのだから、載せようと外そうが勝手なのであろう。

だが利用できるうちは存分に利用しておいて邪魔になれば何の躊躇もなしに消す。そこになんとなく後ろ暗い恣意的なものを感じないわけでもない。

人様のブログをリンクさせるときには、一言許可を得て載せることがエチケットならば(実際にはそれもやっていないが)それを消去するときもまた一言あってしかるべきであろう。

まあ、そんなことはどうでもいい、問題は研究会のホームページをご覧いただければお分かりの通り10年1日のごとく更新されることもなく全く変わり映えのしない画面をこの先延々と見せつけられるのではたまったものではない。もっとも今ではもはや見ている人もいないのではないだろうか。

そんな中にあって、「シニアの挑戦」は自慢するわけではないが、現在89,000件のアクセス数を超えている。平成16年10月に開設した「シニアの挑戦」は、丸7年を超えたがこれを換算すると年に12,000、月に1,000件のアクセスがあるということは一日にすれば35人の人たちが、引きも切らず訪れていることになる。

10年の歴史をもち会員数170名を誇るパソコン研究会ひろしといえども、研究会の中では、これは群を抜いた記録であろうと自負している。

しかし、既に研究会を去り、もはや一門外漢になった私がいまさら何を言ったところで始まるまいが、来春花の咲くころまでには立派にリニューアルをした斬新な研究会のホムページをお目にかけたいと言って、その間は会報などを掲示し、その時々の情報を流し連携をはかっておいた方が、どれほど恰好いいか計り知れないと思っているのだが・・・・・(つづく)

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2011.12.24

邦太郎配信「メリークリスマス」被災地の一日も早い復興を祈ります。

トナカイの橇にプレゼントをいっぱい積んで皆さんにお届けします。
殉教者じゃないけれど先ずはクリスマスおめでとう。来年は被災地の皆さんの幸多からんことをお祈り申し上げます。

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2011.12.18

邦太郎雑記

 今年も泣いても笑っても、残すところあと10日あまり、今年中に片づけなくてはならないことが、まだまだいっぱいあるのだが、どれもこれも中途半端で、そのうえ今年は11月8日から12月9日のちょうど1ヶ月の間に、義妹・実弟・次姉とつづけざまに兄弟たちが3人も鬼籍に入ってしまった。そんなわけで、皆様方には今年もまた年末年始の挨拶は遠慮させていただくことになる。

 さて、来年 2012年(平成24年)の干支は辰年である。干支には十二支と呼ばれるものと十干(じっかん)とよばれる「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸」の十種類に分け方があり、その組み合わせによって呼び名が決めれている。

  2012年の辰年の特徴は正義感と信用という今の日本からはかけ離れたものが来年の辰年の特徴とか。辰(龍)はもともと伝説の生き物であり十二支の中の4番目に出てくる干支である。

 2012年(平成24年)の場合、十干は「壬(みずのえ・じん)」、十二支はご存知の「辰(たつ・しん)」なので、干支は「壬辰(みずのえたつ・じんしん)」となる。

十干は、陰陽五行説に基づいて「木・火・土・金・水」の五行と、「陰・陽」の「兄(え)・弟(と)」に分けられたものである。木(き)は甲・乙、火(ひ)は丙・丁、土(つち)は戊・己、金(かね)は庚・辛、水(みず)は壬・癸。木は、陽である甲が「木の兄(きのえ)」、陰である乙が「木の弟(きのと)」、火は、陽である丙が「火の兄(ひのえ)」・・・と割り当てられている。

十二支にも特徴があるように十干にもそれぞれ特徴があり、2012年の干支にあたる十干は「壬(みずのえ)・水の兄」。この十干の特徴は "妊"に通じ、陽気を下に姙む意などの意味と説いているところや水のように自由に適応していく等のユニークさを持ったものとされている。

 ものの本には諸説紛々いろいろな説がありすぎてまとまりがつかないが上記のような事が書かれている。

 あと1週間もするとクリスマスである。街にはイルミネーションが輝きジングルベルが鳴り響いているが、今年もあまり良い年ではなかった。来年こそはいい年でありたいと願っているのだが・・・・・・・・・・

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2011.12.12

邦太郎雑感12月1日「わが人生訓」ボランティア活動の中からの続き

◆ 以下は夢の中で体験した遠い宇宙の国のあるボランティア団体の中ではあり得ない架空の話である。

一口に「NPO」とか「NGO」といっても千差万別である。その規模や性質は非常に多様である。時間的な側面から見れば、災害時の自助組織 や支援組織のように一時的なものがある一方、ルーム・トゥ・リードやピースウィンズ・ ジャパンのように持続的なものも存在する。

(註)ルーム・トゥ・リードとは、途上国での子どもたちへの教育支援をするために社会起業家へと 転進したジョン・ウッド(マイクロソフトの幹部社員)が組織したボランティア団体であり、ピースウィンズ・ ジャパンとは、社会貢献活動や慈善活動を行う市民 団体のことで、大西健承(おおにしけんすけ)さんが中心になって進めているボランティア団体で、いずれも営利を目的としたものではなく、社会的な貢献や事業を行っている団体のことである。

私たちは、現在、急激な少子高齢化に向かい、新たな社会システムの構築途上にいると考えられ、次世代に向けて子どもたちに安心して暮らせる社会を残す努力をしなくてはならない。

そのためには、まずは社会の最小単位である家庭を見直すこと、親への子育て支援をすることが大切である。と同時に高齢化社会に向けて地域社会でますます増え続ける高齢者が、よりよき人生を全うできる。という世の中を構築していくことが急務として・・・・・・ますます求められている。

・・・遠い宇宙の国のあるボランティア活動での・・・高齢者向けの・・・
◎あるパソコン学習クラブのなかで個人的な商売をやっている人がいる。・・・古い機械にちょっと手を加えただけの中古品を結構な値段で売りつけている。買う方はパソコンなど初めて触る人ばかりで、何が何だかさっぱりわからないから言いなりである。結局半年もすると使い物にならないからといって新しいものに買い替える。俗にいう安物買いの銭失いということになる。それこそ社会奉仕どころか己の利益のためにボランティア活動を利用しているにすぎない。
◎ ボランティア活動の中で報酬を期待することはボランティア精神に反する。そこで教材費という名目で講師個人の出費を補うことになるのだが、この必要経費がある事情によって減らされることもある。仮に8000円が3000円に減らされることもあるのだが、だからといってやる仕事も半分でいいだろうなどという考えは持つべきではない。しかし、中にはそんな考えを持つ人もいる。そんな人はボランティアに参加すべきではない。
◎ ボランティア活動の中では、過去の現役時代の肩書や社会的地位を持ち出さないというのが鉄則である。
だが、ままあることで、会社勤めのころ部長だったとか工場長だったとかという肩書をひけらかし、だからこうしなければならないといって、ボランティア活動の中にその手法を持ち込もうする人がいるが、そんなことはボランティア活動では通用するものではない。ボランティア活動のなかに上下の関係や貴賤の差を持ち込んではならない。
◎ ボランティア活動の中で、もう高齢だからといって、周りの人たちの前で定年制を設けるべきだなどと主張する人がいる。ボランティア活動とは、その大方は自主的な無報酬活動なんだから辞めたいときには、自ら身を引けばいいのであって、人に同情を押し付けるような、あるいは俺が辞めたら困るだろうなどと言って他人の口を借りて自らやめることに伏線を張るような態度はとるべきではない。それを度々やられるとまたオオカミ少年が来たといってだれも信用しなくなることを知るべきである。
◎このような団体活動の中では得てして知ったかぶりすることを無上の喜びとする人がいる。中には確かに博学多才の人もいるが、そのことをあまりにも高慢に高いところから他人を見下すような態度で押し付けるとかえって嫌味に聞こえる。ボランティア活動は謙虚であるべきである。自らを「鶏群の一鶴]などと思い上がった態度は慎むべきであろう。

・・・遠い宇宙の国のあるボランティア活動での・・・ある団体の・・・
架空の話をいろいろあげ連ねればきりがないので、この辺で擱筆する。ボランティア精神とは尊いことだが使いようによっては真逆な作用を及ぼすことにもなりかねない。真のボランティア活動に参加するならば、そのところをよくわきまえて滅私の心を持って取り組まなければなるまい。


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2011.12.10

邦太郎雑記「またまた訃報」12月9日次姉逝く、享年86歳

昨日の朝、ここ川口にも雪がちらついた。

東京でも杉並区あたりで雪が降ったのを見た。初雪ではないかなどの問い合わせが気象庁に寄せられたという。気象庁によると都心の雪の観測は、庁舎のある大手町での目視によるとしているため「東京の初雪」とは認定しないというから幻の雪だったのだろうか?これを仮に今年の「東京の初雪」だとすれば、平年より25日も早いことになる。

早朝、温もりの床から抜け出すことができず微睡んでいると電話の音に目を覚まされた。受話器を耳にすると、またまた姉の訃報である。

11月8日に義妹が他界し、15日に実弟が物故してから1ヶ月たらずにして、またの知らせである。よく不幸は連れを好むというけれど、よくもまた1ヶ月の間に3人もの身内が三千世界へと旅立ってしまった。

私も来年は80歳、兄弟たちもみな年老いてきているから驚きもなく覚悟はしているもののやはり小さいころから貧乏人の子倅どもが肩寄せあって今日まで生きながらいてきたと思いば寂しさもひとしおである。

しかし、いずれも息子たちや娘たちが立派に育てあげ、可愛い孫たちを残してくれているのだからこの世に悔いはなかろう。
「南無・観世音菩薩」心安らかに成仏されんことを希うものである。

今回死去した姉・愛子(86歳)には、喪主・實(義兄)との間に3人の子があり、その長男は現郡山市行健中学校の校長である。
故・長姉照子(一昨年死去)の長男は現郡山市の副市長を務めており、いずれも世のため人のために働いている。このような子孫を残したる姉たちの功績を誇りとし、もって肝に銘ずるものである。(合掌)
      郡山市行健中学校
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      行健中学校長・斉藤正徳
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