峠の茶屋「西新井大師」牡丹の花・百花繚乱

私の実家の前庭の築山に毎年5月になると決まったところに決まったように芍薬の花の芽が顔を出す。そして8月から9月の秋風のたつ頃には百合の花がたゆとうている様が今でも目に浮かぶ。

 古来より我が国には「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」という女性の美しい容姿を形容する言葉がある。残念ながらわが家には牡丹の花はなかった。

 ところでいまだに私は「牡丹と」と「芍薬」の区別がつかない。下の図はネットから引用した「牡丹」と「芍薬」の図だが、花だけを見ているとどっちがどっちだかわからなくなってしまう。

しかしよく見ると「牡丹」は背が低く座っているようで「芍薬」はスーッと一本立っている感じもしないわけではない。もともとは両方ともボタン科のボタン属ということなので似て非なるものなのであろう。

 植物学的には、ボタンは木(木本植物)、シャクヤクは草(草本植物)に分類されており、ボタンは「木」の姿で越冬し、シャクヤクは冬には地上部は枯れ根が生きているだけなのですね。

 つまり、ボタンは木なので枝分かれし冬も樹形がはっきり確認でき、シャクヤクは草なので冬は幹が残らず毎年生え代わってきます。

 また、ボタンとシャクヤクの違いの特徴は「葉」の違いにあり、芍薬は葉が細かく裂け、裂片は線形です。ボタンの葉は小葉の先に切れ込みがはいっていますが、シャクヤクは全く見られません。

しかし、今では何に限らず動植物の品種改良のための交配が盛んに行われていますから何が起きても不思議なことはありません。

現在では、その姿ももいろいろと美しく、庭に植わっていると他を圧倒します。花色も紅、ピンク、白、黄色など3000種類の改良種が出回っていると言われています。季節は春から初夏へと移り変わってきています。Photo

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峠の茶屋「老婆におぼれる濡れ落ち葉」

散る桜 残る桜も 散る桜

今年もアッという間に散ってしまいましたね。私もあとどのくらい残りがあるかわかりませんが、まあ、いつかは散るには間違いありません。ずいぶん長生させてもらっているんだから贅沢言っちゃいけませんね。

おかげさまでと先ずお礼を申し上げなければなりませんでしょうが、まだ遊び足りないというのが唯一心残りでしょうか、人間の欲はきりがなく桜のような潔さはありませんね。

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峠の茶屋「トラトラトラ」ワレ奇襲に成功セリ

昭和16(19412)年12月8日未明太平洋戦争の始まりである。

日本軍の真珠湾攻撃成功を伝えた暗号電信<トラトラトラ>の意味はワレ奇襲ニ成功セリ、・・・・・

小学校3年生の冬の日の朝、このラジオ放送に軍国少年の胸は踊り、我々は沸き立った。

   わが母校桃見台小の全景(安達太良山を背景に)

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小学校当時1年生の教科書の通り我が国は戦争への道へと突き進むことになる。

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しかし、戦況はわれに利あらず、次第に暗雲が立ち込め日本の空一面がおおわれてくる。昭和20年4月に入り遂にわが町にも敵機来襲、猛爆を受けることになる。

我が故郷の郡山は4月12日、この日初めて大空襲に見舞われた。これは東北地方では一番最初にうけた襲撃で 郡山駅前や、駅裏の軍需 工場などを目標に、その後も2回の来襲を受け600名近い犠牲者を出した。

                  ボーイングB29大型爆撃機

B29

だが、大義のない未曾有の世界的規模の太平洋戦争も遂に昭和20年8月15日大きな傷跡を残し日本軍は連合国軍の旗下のもとに無条件降伏し終結した。

この無謀な戦争は3年8か月の無駄な日時を費やし犠牲者は3000万を越え計り知れない物理的な損害をもたらした。//////さて、軍国少年の行く末やいかに?//////

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峠の茶屋「行雲流水」75年前のあの頃は

老爺
 ばあさんや今年も桜の季節がやってきましたね

ばあさん
 天候がなかなか定まらずやきもきしましたがね

老爺
 それにしても私らも80年、病気ひとつせず長生きしてきたものですね

ばあさん
 ほんとうですね、ありがたや、ありがたや

老爺
 4年前に金婚式を迎えて市から祝っていただきましたが、やっぱり長生きの秘訣はお互いが思いやって恋し合っているからですかね

ばあさん
 いやですよおじいさん恋だなんて

老爺
 たまにけんかはするけれど、それがまた刺激になっているのかね

ばあさん
 刺激し合うものなんて何一つありゃしませんよ

老爺
 ありますよ

ばあさん
 なんですか?

老爺
 フェロモンでしょ !! わしゃばあさんの傍にいるととても幸せを感じますよ

ばあさん
 じぃさんたら いやらしいね

 峠の茶屋のじぃさん、ばぁさん、実際にはこんなに仲は良くありません。

 

75年前(昭和14年=1939年)私もピカピカの一年生でしたが今では散りぎわの花というよりは、濡れ落ち葉といったところか、

写真の桜のトンネルは、母校(福島県郡山市桃見台小学校)の校門前の桜並木です。今は老木となり切りたおされてしまいましたが、私の記憶にはずーっと残っております。

風の吹くまま、川の流れのように過ぎし75年、まさに光陰矢のごとしである。

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峠の茶屋「菫の花咲くころ」

すみれの花咲く頃
                            はじめて君を知りぬ
    君を思い 日ごと夜ごと
    悩みし あの日の頃
                            すみれの花咲く頃
                            今も心奮(ふる)
    忘れな君 我らの恋
                            すみれの花咲く頃

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峠の茶屋「新装開店」リニューアルしたじいさんばあさんのサロンへ、またどうぞお越しください

おばあさん

 今年は関東地方も45年ぶりの大雪が降り、きびしい寒さがつづきなかなか春がやってきませんねぇー

爺さん

 ほんとうに細身の年寄りにはこの寒さは骨身にこたえますね 、ばあさんや、もう一杯あっついお茶をくださいな。

おばあさん

  はいはい、粗茶ですが皆さんもどうぞ !!  お召し上がり下さいましな 

 

2年前の3月1日「はとがやPCサロン」が産声を上げて丸3年目を迎えることができました。

弥生三月とは、陰暦での弥生は現在の四月ごろのことを言いますが、新暦の三月はまだまだ寒さがつづきます。

とはいっても風のない日の陽光は、やわらかく温もりが感じられるようになりました。春たけなわとは言えないまでもこの時期は、萌えいずる草木がいよいよ生い茂り、まさに「弥(いや)おい」の月に変わります。

また、この月の別の呼び名には、花見月(はなみつき)、染色(しめいろ)月、桜月、季春(きしゅん)、桃月(とうげつ)、雛(ひいな)月、夢見(ゆめみ)月などなどたくさんあり自然界が大きく衣替えをする時期でもあります。。

 三月といえば、やはりぼんぼりに明かりを灯すひな祭り、桃の節句です。節句は節供(せっく)ともいい、ようやく冬から春へと移り変わる季節の変わり目のことを言います。

ひなまつりは古来より、この季節に女児の健康を願いひな人形を飾り、生まれた女児にふりかかる災厄の身代わりとなり、健やかに育つのを見守ってもらいたいという親心の願いを込め行われるもので、5月の男の子の端午の節供とともに子供のために行われる年中行事として今につづいているのです。

3月6日のPCサロンの会では、皆さんで「ひなまつり」の アニメーション画像の作成で大いに楽しみ盛り上がりました。

         画像をクリックしてご覧ください

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なお、はとがやPCサロン「峠の茶屋」を同会の専用ブログとして「シニアの挑戦」のメインブログに登録し、今後継続的に更新していく予定ですので、どうぞお尋ね下さいますようお待ち申し上げております。

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峠の茶屋「蝋梅・紅梅・白梅」・・・・春まだき

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峠の茶屋「世界遺産」厳寒の白川郷

白川郷「五箇山」は、赤尾谷、上梨谷、下梨谷、小谷、利賀谷の5つのからなるので「五箇谷間」となり、これが転じて「五箇山」の地名となった。

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峠の茶屋 「大寒」 極寒の砌、五箇山と寒椿

全国の各地で極寒に見舞われ震いあがっています。
「春遠からず・・・・・・・」の実感はわいてきません。まだまだ先のようです。

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峠の茶屋「成人式」26年新成人121万人

    <仔馬>< 当歳っ子><とねっこ><春駒>

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私の生家は三春町の荒町というところである。
道一つ隔てた向かい側に三春藩主秋田家の菩提寺、高乾院(こうけんいん)と龍穏院(りゅうおんいん)の二ケ寺がある。
三春と言えば樹齢一千年日本三大桜の滝桜で有名である。また三大桜のほか民芸品として日本三大駒といわれる青森の八幡駒、仙台の木ノ下駒と並んで「三春駒」は日本三大駒のなかでも随一として定評がある。
遠く坂上田村麻呂東征の伝説に由来する「子育木馬」が発祥と言われ、子育てのお守りとされた一寸大の馬型木彫が原形である。後に馬産地三春の仔馬生育を願って神社に奉納したり、子どもの玩具に用いられてきた。
現在市販されている三春駒は高さで区分しており、一寸五分から一尺まで数種類ある。また、子育て木馬はお守りの一寸ほどの駒で、現在も古い体型が失われずに残っており、白い三春駒は長寿のお守りとされている。
産地は三春駅から車でおよそ5分程の高柴にある「デコ屋敷」で江戸時代からの人形の里として数百年の伝統を守り続けられている。
今年の干支は「午年」で、春はことさらに当歳っ子の季節である。私ら子供の頃には近くに牧場があり、生まれてくる仔馬を「とねこ馬」と呼んで戯れ遊んだものである。


    三春駒
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